大阪府の北東部にある交野(かたの)市は、人が行き交う野であったから、もしくは物部(もののべ)氏の一族である肩野(かたの)物部氏が支配していたからというのが市名の由来とされます。
そして、交野市の特徴の1つは「磐座(いわくら)」、つまり信仰の対象となった岩石が数多く存在していることです。
【交野市の巨石の謎】岩石にまつわる信仰
獅子窟寺にある「観音岩」
たとえば、市の東部には標高341mの交野山(こうのざん)がそびえていますが、その山頂には「観音岩」と呼ばれる1辺約15mの巨大な岩石が鎮座しています。観音岩の側面には梵字が刻まれており、そのことから岩が人々の間で崇拝されていたことがうかがえます。
また同市の磐船(いわふね)神社には高さ約12mの「天の磐船」という巨大な石がご神体として祀られています。さらに弘法大師が籠ったと伝わる獅子窟寺(ししくつじ)には「獅子窟岩」や「観音岩」と呼ばれる岩があります。ほかにも大小さまざまな岩が点在します。
磐船神社の拝殿。後ろに見えるのがご神体の「天の磐船」
磐船神社の拝殿。後ろに見えるのがご神体の「天の磐船」
ほしだ園地にある「ハンバーガー岩」。「カエル岩」とも呼ばれる
交野市周辺はこんなところ
交野山は生駒山地の北端に位置し、標高はさほど高くありません。山頂にある観音岩から京都市内や大阪湾を一望できます。また、山頂から見る朝日は交野八景の1つ「交野山の来光」に選ばれています。
【交野市の巨石の謎】岩石が多い理由とは?
では、なぜこのエリアには岩石が多く見られるのでしょうか。その理由とされるのは、交野の山地部がおもに花崗岩(かこうがん)でできているためという考え方です。
花崗岩は地下のマグマが冷えて固まることによってできる火成岩の一種。この地域の花崗岩は約8000万年前のマグマがもとになってできたとみられ、そのことから同市の山地部は、太古において地中深くに埋もれていたと考えられています。
プレート運動により地殻が圧縮されると、そのエネルギーによって急速に地面が隆起しました。およそ50万年前には交野山一帯が形成されたと考えられています。
交野一帯を形成した花崗岩の性質
また花崗岩は高い硬度を持ち、墓石や城の石垣などにも用いられる反面、亀裂した部分に水や空気が入り込むと風化しやすくなるという性質があります。
交野の山地の花崗岩も長年風雨にさらされ続けたことで、大部分が崩れて土砂となり、そのいっぽうで硬い部分は岩石のままの姿を保っているというわけです。
交野市に伝わる七夕伝説
ところで交野市は「七夕伝説発祥の地」として知られ、北斗七星の降臨伝説など星にまつわる伝承も残されています。そしてこれらの伝説も岩石が関与した出来事がルーツになったと考えられているのです。それは、816年に起こったとされる隕石の落下です。
記録によると、飛来した隕石は市の南西部の妙見山に落下し、その結果、山の大部分が吹き飛ばされたといわれます。この事件が語り継がれていく中で、いつしか七夕にまつわる伝説が生み出されていったと推測されます。
妙見山の小松神社(星田妙見宮(ほしだみょうけんぐう))には「織女石(たなばたせき)」という巨石が残り、市内には天野川が流れています。
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