【東京都】日原鍾乳洞は地下の大宮殿!?関東随一のスケールで幻想的な空間が広がる
数億年前の海底で生み出された石灰岩の地層が、長い年月をかけて侵食され、育まれて生まれた神秘の景観。
関東最大級の「日原鍾乳洞」とはどんなところなのでしょうか?
日原鍾乳洞はどこにあるどんな鍾乳洞?
東京都の最北西端に位置する奥多摩町は、水と緑に囲まれた「東京の奥庭」。この地域は秩父多摩甲斐国立公園に含まれ、山岳や渓谷の景観は変化に富んでいます。この景観を作る山々は、恐竜の時代と呼ばれる中生代に深海に沈積した堆積物が、長い時間の造山運動を経て形成されたもの。石灰岩やチャートなどの堆積岩を多く含むことで、滝や渓谷の多い複雑な景観が生まれ、倉沢・小袖(こそで)・養沢(ようざわ)・大岳沢(おおたけさわ)など、多くの場所で鍾乳洞が見られます。
こうした鍾乳洞のなかでも総延長1270m、高低差134mと、関東最大級の規模を誇るのが「日原鍾乳洞(にっぱらしょうにゅうどう)」です。その大きさはもちろん、豊富な鍾乳石が生み出す独特の景観から、東京都指定天然記念物にも指定されています。このうち約800mが公開されており、立体迷路のような洞窟に足を踏み入れると、大自然が創り出した神秘的な世界を体験できます。
日原鍾乳洞は悠久の歴史を刻んで育まれた
鍾乳洞は、雨や地下水が地層の割れ目に沿って流れ込み、二酸化炭素を含んだ水によって石灰岩が溶かされて生まれた洞窟です。鍾乳洞では、天井から落ちる水滴に含まれる炭酸カルシウムが固まることで、さまざまな奇景が生み出されます。
洞内で垂れて氷柱状になったものを「鍾乳石」、雫が垂れて地上に積み重なったものを「石笥(せきじゅん)」、上下が発達してつながったものを「石柱(せきちゅう)」と呼びます。
日原鍾乳洞の鍾乳石は1cm成長するのに約70年、石筍は約130年かかるとされ、大きな石笥は数十万年かけて成長してきたことになります。自然の神秘的な営みを身近に感じられる貴重な観光スポットと言えるでしょう。
日原鍾乳洞の形成:1cm伸びるのに70~130年!
水滴に含まれる炭酸カルシウムが固まることによって成長する、「鍾乳石」や「石筍」は、その場所の地質構造、洞内気象などの条件によって成長スピードが異なります。
一般的に、天井から垂れる「鍾乳石」は、1cm成長するには数十年~100年、床に固まり積もる「石筍」は100~数百年かかるとされます。何百年、何千年という年月をかけて成長した石筍を見ると、日原鍾乳洞の歴史の長さに驚かされることでしょう。
日原鍾乳洞の見どころ
白衣観音(びゃくいかんのん)
並び立つ石筍のなかでも、ひときわ大きい一体。白衣観音を思わせる神々しさが名の由来です。
金剛杖
およそ2.5mもの細長い石筍。3万年以上という気の遠くなる年月を経て成長しました。
死出(しで)の山
鍾乳洞内のもっとも大きな空間が、レインボーカラーでライトアップされて幻想的。ガマ岩、あみだの原なども見られます。
水琴窟(すいきんくつ)
地中に埋めた水を張った瓶に手水鉢の水が滴り落ちることで音を作りだしています。
日原鍾乳洞で見られる地質的特徴
鍾乳石以外にも見どころはたくさんあります。
旧洞内の壁には、何段も残る水平のくぼみが見られますが、これは「ノッチ」と呼ばれ、ここに水流があったことの証。また、特徴的な地質構造である節理(せつり)」や「断層」も随所で見られます。
日原鍾乳洞は古くから信仰の対象でもあった
洞内各所に宗教的な名称がついているのは、ここが江戸時代まで山岳信仰の聖地として栄えた場所であったためです。「一石山大権現(いっせきさんだいごんげん)」と呼ばれ、鍾乳洞そのものを神と崇めて、多くの修験者が訪れたといわれます。
周辺の御岳山や三峰山も古くから山岳信仰の対象となっていることから、日原鍾乳洞の周辺には多くの神社があり、厳かな雰囲気に満ちています。

東京都多摩西部、いわゆる奥多摩は、その大部分が秩父多摩甲斐国立公園、明治の森高尾国定公園に指定された地域です。奥多摩湖や雲取山をはじめ、鳩ノ巣渓谷や秋川渓谷などのダイナミックな渓谷、鍾乳洞、滝も多く、その豊かな自然が人々に愛されています。
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