渋谷の街を一度でも歩いたことがある人なら、坂が多い街だと感じたことがあるのではないでしょうか。初めて渋谷駅に行った人は、なぜ地下鉄の電車がビルの3階から飛び出すように出てくるのか、不思議に思ったでしょう。
渋谷は道玄坂、宮益坂、金王坂(こんのうざか)の坂に囲まれ、桜丘町、鶯谷町(うぐいすだにちょう)、南平台町(なんぺいだいちょう)など台地や谷にちなんだ地名があります。
スリバチ状の渋谷を高さから見ると、谷底の渋谷駅付近は海抜約15m、東側の宮益坂上は約34m、西側の道玄坂上は約32m、北側の公園通りの先の区役所付近は約33mとなっています。
地下鉄銀座線は宮益坂上の標高約34mから渋谷駅方面に進めば、海抜約15mの渋谷駅では自然と地上に顔を出すことになります。ビルの3階から地下鉄の電車が出てくるのは谷底の街の象徴的な風景です。坂の街のビルでは、坂上の1階から入ってそのまま坂下まで歩いてきて出口を出ようとすると、そこは3階だったということが起きます。
渋谷は古くから発展した街ではなく、明治の初めまでは農村の風景が広がっていました。
街として発展するのは、明治の半ばに代々木や駒場に旧陸軍の施設ができ、道玄坂が兵隊の散策地となり、道玄坂に商店ができた頃からです。繁華街としてにぎわっても、坂が多く都市計画の青写真を作るのは難しかったようで、アメーバ的に発展してきました。
渋谷の地形ならではの水害
渋谷はスリバチの街であるとともに、川も大きく影響した街です。
スクランブル交差点はJRの線路が近く、ガード下はいわゆるアンダーパスで、ガードと道路までの高さをつくるため、周囲より一段と低くしました。このため、アンダーパスは突然の集中豪雨のとき、水たまりができ、周囲にたびたび被害をもたらしました。近くを渋谷川が流れていたから、排水にも限界があったのです。
この問題を解決するため、2020年夏、大雨が降っても水たまりができないように、地下に巨大な水槽が完成しました。ガードから近い明治通りの地下にできましたが、そこは現在渋谷川が流れているところです。それまで渋谷川はJRの線路そばの地下を流れていたものを、明治通り寄りに流れを変え、その一環として巨大な水槽を造りました。都会の川の氾濫を防ぐことも都市計画の重要な課題のひとつです。
渋谷の地形の主要、渋谷川が街の開発に及ぼした影響
渋谷川の源流はいくつかあります。おもな源流は明治神宮内苑の池、新宿御苑の池、そして代々木八幡方面を源流とする河骨(こうほね)川や宇田川があります。これらの川がひとつにまとまるのが明治通り近くの宮下公園付近です。
渋谷川は暗渠(あんきょ)になり、川が顔を出すのは国道246号を過ぎたところです。すでに閉店した渋谷駅前にあった東急百貨店東館の下を渋谷川が流れていたので、地下に売り場をつくることができませんでした。また、西武百貨店のA館とB館をつなぐ通路を地下につくれなかったのは、A館とB館の間の地下を宇田川が流れているからです。
渋谷の街は、歴史的ともいえる大規模な再開発が続いています。2020年夏にはJR埼京線のホームが山手線の線路と隣接するところに移動しました。新しい高層ビルの完成が続き、さらに新しいビルの建設が進み、計画が完成するのは2027年といわれています。
渋谷の地形は谷を生かしながら発展を続ける
このように渋谷は新しい商業施設や駅前のビル建設で大きく飛躍しています。しかし、坂道に囲まれた地形まで変えることはできません。街は谷底の地形を生かしながら発展していく、それが渋谷という街なのです。