日本でもっとも多く使われているエネルギーは石油で、国全体で使う一次エネルギーの約4割を占めています。日本のエネルギー自給率は約12%(2018年)と低いですが、なかでも石油は9割以上を中東諸国に依存しており、国産原油の割合はわずか0.3%(2018年)。それでも産出量にすれば約5億リットルと、けっして小さな数字ではありません。
国内の油田は北海道や日本海側に点在していますが、そのなかでも秋田県や新潟県は古くから採油を行ってきた地域です。現在(2020年度)の国内原油生産量のシェアトップは新潟県ですが、かつては秋田県が長くその座に君臨していました。
「八橋油田」を採掘した秋田油田開発の父・千蒲善五郎
明治初期、日本の近代化が叫ばれ、照明に石油ランプが利用されるようになると、秋田県内に石油資源開発を手がけようとする者が現れました。
久保田藩の御用油商だった千蒲善五郎(ちがまぜんごろう)は、東京で灯火を見て開発を志し、1869(明治2)年に八橋(やばせ)(現・秋田市の中央部)で採油に成功。善五郎は秋田油田と採油の礎を築いたことから、「秋田油田開発の父」と称されています。
「八橋油田」は秋田の油田をリードした
善五郎が開削を始めた八橋油田は、その後、わが国の石油生産をリードしていきます。
1869(明治2)年に善五郎が八橋で石油の染み出す露頭を見つけ採油に成功すると、1916(大正5)年には、ボーリングによって地下に油層が発見されます。そして、1934(昭和9)年に日本鉱業が本格的に産油を開始すると一躍大油田となり、大正期に開発された黒川(くろかわ)油田(秋田市)とともに秋田県の石油産業を牽引。秋田県は両油田のおかげで国内原油産出量の約7割を占め、「石油王国」と呼ばれるようになりました。
「八橋油田」の産出量減に伴い原油産出量は全国3位に
八橋油田は、国内1位を誇る原油産出量で戦後復興と高度経済成長期を支えましたが、昭和40年代以降は急激に産出量が落ち込みました。その後、秋田県は新たな石油資源の開発に取り組んだものの、現在の国内原油生産量は、新潟県、北海道に次ぐ国内3位に甘んじています。
『地質ニュース第658号2009年6月号』(実業公報社、2009年)を元に作成
かつて秋田県内には30近い油田・ガス田が操業していました。明治初期から昭和初期にかけて多くの油田が開発されましたが、昭和後期にその多くが廃山となりました。
秋田でシェールオイルが発見される
近年、秋田県内では、次世代エネルギーとして注目される新資源の存在が確認されています。シェールオイルです。
シェールオイルとは、泥が堆積して固まった地下の頁岩(けつがん)に含まれる石油のことです。同じ岩盤層から産出されるシェールガスとともに、新たなエネルギーとして期待されています。
ただシェールオイルは地下資源量こそ豊富にあるものの、採掘が難しいとされ、開発が進んでこなかったのです。
秋田のシェールオイルは新資源として期待を集める
しかし、2012(平成24)年に、石油・天然ガス開発専業大手の石油資源開発株式会社が、鮎川(あゆかわ)油ガス田(由利本荘市)の地下からシェールオイルの採取に成功。その後、同社は採掘作業と実証実験を進め、2014(平成26)年に商業生産を開始しました。
現在、世界的にシェールオイルを取り巻く環境は厳しいですが、秋田県には相当量のシェールオイルが埋蔵されているといわれており、新資源にかかる期待は大きいのです。
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